絶望の叫び
女子教育を禁じる国の明日
黒柳徹子のアフガニスタン報告
放送日:2001年9月30日(日曜日)ごご2時から テレビ朝日系列
ご視聴ありがとうございました。
このページの終わりに頂いた感想を掲載しました。
再放送スケジュール
朝日ニュースター(CS放送)
2002年1月2日(水曜)17:05〜18:30
2002年1月3日(木曜)14:05〜15:30
JPPA賞(ポストプロダクション協会の賞)の“編集賞(ゴールドメダル)”を獲得しました。
(授賞式は2002年5月30日)
写真(左):授賞式の模様
写真(右):番組を担当した八木沢洋美(ディレクター)と山田恭子(エディター)
審査委員長・大林宣彦監督のコメント要旨
「情報を伝える番組は、視点によってかわります。黒柳さんの目の動きをもとらえ、そこから情報を
伝えるか、黒柳さんの背後をとらえるか、カメラの動きが大きく左右されます。
その点で、少し視点が定まらないところはありましたが、よく伝わりました。」
【アフガニスタンという国】
人口 2,300万人
国土 日本の1.7倍
歴史 1919年イギリスから独立、共和制に移行しますが、1978年クーデターにより、人民民主党政権が成立、これを期に1979年、ソ連が侵攻します。
ソ連軍の侵攻に抗議して、翌年1980年のモスクワオリンピックには多くの資本主義諸国が参加を取りやめました。
日本も、選手の派遣をしませんでした。
このオリンピックは、テレビ朝日が放送権を独占し、日本中からバッシングされました。しかし、主要国不参加のオリンピック放送は魅力のないものになり、独占の効果はありませんでした。
そんな事件があったので、よく覚えています。
10年間駐留の後、1989年にソ連軍は撤退します。
その後、1994年頃から難民としてパキスタンで育ち、ゲリラの養成を受けたタリバン(神学生の意味)という勢力が力を蓄え、アフガニスタンで内戦を繰り広げなが支配地を増やし、1996年には首都カブールを制圧し、現在では、国土の95パーセントを支配するに至っています。
イスラム原理主義を訴える彼らは、女性の教育を禁じ、外出、就労も禁止しています。
外出の必要があるときは、ご主人か親戚の男性の付き添いが必要で、ブルカという顔と体形を隠す着衣をつけなければなりません。
音楽も絵画も写真も禁止されています。
とくに、女性の抑圧に関しては、人権侵害だとして国際社会から非難されていますが、彼らは、民族の文化だといいます。
これが“ブルカ”というものです。
顔の部分はメッシュになっていて、外を見ることが出来ます。
村には“秘密の学校”があって、女の子たちが勉強していました。
ユニセフがタリバンに強く交渉して黙認させているのですが、いつ閉鎖させられるかわかりません。
アヘンの原料となるケシの栽培で外貨を稼いでいることも、非難の対象です。
昨年、タリバンの最高指導者オマル師はケシの栽培の禁止令を出しましたが、まだ田舎では、沢山、栽培されている、という噂です。
今年3月、バーミヤンの大仏を爆破したのも、彼等の仕業です。
難民 ソ連侵攻以来、600万人が難民になりました。(UNHCR統計)
現在、イランに150万人、パキスタンに220万人が難民としてとどまっています。
国内では内戦により100万人が死亡しました。
3年間続く干ばつで、国内避難民(村を捨て国内にあるキャンプに来た人)も増加し、現在50万人とわれています。
キャンプの風景
地雷が1千万個あります。
ソ連軍が埋めたものです。埋めた場所の地図がなく、1個1個探し出して撤去するには、気が遠くなるほどの時間と費用がかかります。
地雷で毎年8,000人が被害にあっています。
足を飛ばされた子どもや爆風で視力を失った子どもが沢山います。
【言葉の説明】
難民(Refugee)国境を越えて外国へ逃れた人
国内避難民(Internal Displaced Peaple=IDP)内戦や干ばつで村を捨て国内にあるキャンプへ移動した人
【取材について】
出発前ユニセフからDress Code(服装規則) が配布されました。
女性:
外国人女性は長袖シャツ、長いゆったりとしてパンツと頭に明るい色のスカーフを着用してください。
華美な装飾品は身に着けないで下さい。
男性:
長いパンツを着用して下さい。半パンツは逮捕されます。短いシャツを着ても大丈夫です。
ネクタイは着用してはいけません。(イスラム的でないと見なされます)
今回は女性スタッフが多かったので、女性は、暑さと行動を制限されて大変だったようです。
アフガニスタンへは、飛行機便がないため、国連の20人乗りの小型飛行機で向かった。
20人と機材で重量が多すぎて飛べない、といわれ、スタッフは多くの私物を空港に残した。
気温は45度。
昨年の冬は零下20度になった晩があって、100人の子どもが死んだそうです。 今年は1人も殺さない、とユニセフは準備を始めていました。
子どもたちのお墓です
宿舎は国連の宿舎。(ヘラート)
到着するとセキュリティースタッフから安全についての注意がありました。
夜、外で爆発音や銃撃音を聞いても、決して見に行ったりしてはいけません。
そのまま、部屋でまってください。
セキュリティーがあなたの部屋まで説明に行きます。
緊急の時はサイレンを鳴らします。急いでBUNKER(バンカーという防空壕のようなところ)へ集合して下さい。
取材は、タリバンの先導、監視つきで、彼等が気に入らなければ、取材はすぐ中止になりました。
市場などの街の様子や人々の暮らし向きも取材したかったのですが、出来ない相談でした。
街の外観は、今日は休養日、というウソ情報を流し、目立たない車で、街に出ましたが、どこで宗教警察が見張っているか分からず、緊張の連続でした。
車の中からの隠し撮りで、外に降りることは出来ませんでした。
【ボクの感想】
国内に自由を勝ち取る力は残っていませんから、国際社会が関心を持って、外部から国を変革しない限り、アフガニスタンに平和はきません。
タリバン政権を倒す以外に平和は訪れません。
南アフリカのアパルトヘイトがそうであったように、国際世論を作る事が重要です。
タリバンの政策はアパルトヘイトです。性別のアパルトヘイトです。
頂いた感想を掲載させていただきます。
古鳥 震さん
(この詩を今アフガニスタンで亡くなっているすべての子供達に捧げます)
この小さきものへ
かかとから血を流し
荒野を歩く少女の夢を見た
うつろな瞳はおちくぼみ
孤独の影が濃くのびていた
背中から撃ち抜かれ
泥に埋まっていく少年の夢をみた
粗末な衣にうたれたあとに
ハエが1匹血をなめていた
あなたは言う
私には何もできないと
無力な私は見ているだけだと
あなたは言う
ボクはいそがしい
ボクには他にやることがあると
でも
そんなことはないのです
わたしは言う
あなたには言葉がある
あなたはちからをもっていると
わたしは言う
あなたには情熱がある
不正を許せぬたましいがあると
今、かの地で
血にまみれている子供たちへ
今、この地で
無力な自分をせめているひとたちへ
何もできない無力なわたしの
せいいっぱいの言葉をおくります
井宮有紀子さん
ビデオを見ました。
みんな黒柳徹子さんの心を持てば戦争はなくなるのにと番組を見て思わないではいら
れませんでした。
徹子さんの自然な心からのやさしさは胸を打つものがあります。
彼女なしではアフガニスタンのありのままを捉えることは難しかったと思います。
私は物が溢れた中で暮らしています。
番組を見てそういう世界もあるのだな知りました。
いつも何に使われるかわからない募金や寄付はしませんがこの番組でお願いしている寄付もしようと思います。
番組で疑問に思ったこともあります。
番組のテーマである教育というものは確かに大切だと思います。が、それが難民のみんなに今必要なものなのかということです。
失礼かも知れないが読みを習っても彼らには何もないといって自分の家を見せていた
中に読むものなど見当たらなかった。
私たちはいつか自立した生活を送るように小さいときから教育を受けている。
彼らが受けている教育というものは内容までは放映されなかったのでわからないのですが読み書きが中心だったと思います。
彼らが今切実に必要なのは読み書きなのだろうか?書くことは紙がなくてもできるだろう。
でも、両方を見ても彼らが今すぐに自立するには結びつかないように私には見えました。
水が豊富にあった土地ですら干害防止の対策をとっていないので食物が取れないこと
は驚きでした。
もし、今のようにユニセフの方々が避難されて1億円の寄付や食べ物が供給されなくても、原始的なものでも干害予防設備があれば限られた人だけであるだろうけれども生き延びることはできるのに何かの理由でその設備を作っていないのは悲しいことでした。
その設備を作ることによって学ぶこともあると思います。
小麦粉を与えて教育を施すよりも読み書きを半分にして後は干害予防施設の設計図の読み方、どれだけためになるかを説くのも大切なのではないかと思いました。
私は番組を見ただけです。
現場に行ったこともありません。
ユニセフの方はもっと奥深いことも考えていらっしゃるとは思いますがこの疑問は私に残りました。
北村愛さん(高校生・和歌山在住)
ご無沙汰しています。お元気ですか?
アフガニスタンの報告拝見させていただきました。
お恥ずかしいお話ですが、アフガニスタンの現状を全く知りませんでした。
黒柳さんが、最後におしゃった言葉がいまも私の心に残っています。
日本と言う国に生まれ今まで私は、どれだけの人に出会い、どれだけの人に優しさをもらったのでしょうか?そして、今私は、何をすべきでしょうか?
もし、私に羽があれば、アフガニスタンに今すぐ飛んで行きたい。
あの子供達の上に未来がありますようにと祈らずにはいられません。
祈ることしか出来ない自分が無力に感じます。
また、アフガニスタンに向かわれたお二人のスタッフの方のご無事を、心よりお祈りします。
原 一郎さん(テレビ朝日「ザ・スクープ」プロデューサー)
高視聴率おめでとうございます。
20年に及ぶ内戦ですっかり忘れられた感のあるアフガン難民問題が、こうした形で再び注目されているのは皮肉なことですが、起死回生のチャンスかもしれません。
僕らの番組でも、「徹子」の後を受けて引き続きアピールしていくつもりです。
ただ1点、タリバン=悪、北部同盟+元国王=善とするのは米国の世論操作以外の何
者でもありません。
タリバンはレイプ・盗賊が蔓延し無政府状態にあったアフガンの治安を回復したからこそ民衆の圧倒的支持を受けたのです。でなければ、たった数百人の学生が瞬く間に支配地域を広げていけるわけがありません。
公開処刑や恐怖政治もアナーキーな状態に、ある種の秩序をもたらすためには仕方の
ないことだったと思います。
タリバンが来る前は、赤十字や国連職員ですら次々と誘拐され、難民支援どころではありませんでした。
難民支援の現地レベルでは、少しでも多くの人命を救うためには、いかにタリバンをうまく使っていくかが重要で、経済制裁にも全員反対したそうです。
もし、北部同盟が政権を執ればアフガンは元の内戦・無秩序状態に戻るだけ。再びレ
イプ・強盗団が跋扈します。
今も「タリバンがレイプした」「タリバンが臓器密売している」などの根も葉もないタリバン=悪の情報操作が横行しています。
ある種、純粋培養された倫理観を持つ彼らは、結構マジにレイプ・誘拐禁止、麻薬撲滅に取り組んできました。
もちろん戒律違反者に多少残酷な方法も使いましたが。欧米の価値観に基づいて、女
子教育禁止しているタリバン=悪者と短絡的に結びつけるのは、結果的に難民救援に
マイナスになるだけだと思います。
とはいえ、アフガンの一般大衆はタリバン強硬派のやり方についていけないと感じて
いるのも事実です。
オマル支持者は激減し、大多数がタリバン穏健派支持のようです。
となれば、うまくタリバン穏健派を誘導して、オマル一派を暗殺しクーデターを起こさせるのが一番現実的か?
米国主導の政治的・軍事的決着は難民問題を一切考えていない解決方法です。
元国王も北部同盟(何の共通理念もない寄せ集めで内戦必至)もだめ・・・タリバン穏健派クーデターによるタリバン内部での決着しかない・・・難民救援に関わるほとんどの人の本音ではないでしょうか。
女子教育については、まず人々が餓死する状況を脱し、アフガンが晴れて国際社会に
復帰してからの課題としておいたほうがよさそうです。
今は飢餓に貧した人々の人命第一だと思います。
秋山文子さん
今回の「ユニセフ」はしっかり見ました。
いつもは、1歩離れたところから「世の中にはこんなかわいそうな環境の子供達がい
るんだ」とやじうま的に見ていました。
貿易センタービルのテロが生々しかったので、今回は他人事ではなく自分にも身近な
問題として真剣に見てしまいました。
アフガニスタンの貧しい環境は、自然がつくりだしたのではなく、自然と戦えない社
会環境が原因なわけで、その悪い環境を誰が作ったかというと、タリバンですよね。
オウムの信者がサリン事件をおこしたのは麻原ではないと信じていたように、
アフガンやパキスタンの人達は貿易センタービルのテロはビンラディンではないと
思っているらしいです。どうすればよいのでしょう???
毎年コツコツ放送していた番組が、ちょっと花開いたという感じがしました。
北村愛さん
アフガニスタンの報告拝見させていただきました。
お恥ずかしいお話ですが、アフガニスタンの現状を全く知りませんでした。
黒柳さんが、最後におしゃった言葉がいまも私の心に残っています。
日本と言う国に生まれ今まで私は、どれだけの人に出会い、どれだけの人に優しさをもらったのでしょうか?そして、今私は、何をすべきでしょうか?
もし、私に羽があれば、アフガニスタンに今すぐ飛んで行きたい。
あの子供達の上に未来がありますようにと祈らずにはいられません。
祈ることしか出来ない自分が無力に感じます。
また、アフガニスタンに向かわれたお二人のスタッフの方のご無事を、心よりお祈りします。
高橋美枝さん
アフガニスタンの子供たち、特に女の子は勉強することが禁止されているのには驚きました。
信じられないことです。
また男の子でも勉強できるのはわずかなので就学率100%である日本の子供たちは幸せだと思いました。
また黒柳さんが子供たちに優しく声をかける姿にも感動しました。
教育に関しては子供たちの問題だけではなさそうです。
放送局が違うので恐縮ではございますが、先月、日本テレビの今日の出来事でもやはりアフガニスタンの悲惨な情勢を放送してました。
医師を目指している女子学生なのですがタリバンがカブール大学を閉鎖してしまい医学を学ぶことが出来なくなっていたのです。(大学の教授たちも他の国へ亡命してしまっているらしいです。)
そのため一時期、学問を中断せざるおえなくなっていたところ同じアフガニスタン国
内ですが比較的安全な場所でひそかに大学の授業を開講し勉強に励んでいる姿を見ま
した。
でも、そこもタリバンに見つかってしまったら閉鎖せざるおえないとのことです。
医療の実習のための機具もかなり不足しているのに命がけで勉強している彼女に胸を打たれました。
国民の生活も20年以上続く内戦で身も心もすさんでしまい、明日生きるための食
べ物もなく、着る物もなく、住む所は追われ・・・そのようなことが日常だという。
もとのアフガニスタンの平和を取り戻すにはタリバンの考えをどうにかしないとこの
国には幸せが来ないのかと痛感しました。
日本はアメリカの同盟国として後方支援を行うとのことですが、このような一般国民の悲惨な状況を見て政府及び国民は日本の役割を考えるべきだと思います。
黒柳さんの地球上すべての子供たちに対して同じ愛情をそそぐ姿、またこのような
番組を制作された田川様やスタッフの方々に感謝致します。
ありがとうございました。
櫨本葉子さん
昨日の番組を拝見しました。
衝撃・怒り・悲しみ・閉塞感…何だかわからないのですが、私は泣いてしまいました。
「援助が始まる前に私たちは死んでしまう」という母親の声や
「今、私にできることはなにか?」という黒柳さんの問いかけが自分に迫ってきて、辛かったです。
お金で幸せは買えないけれど、
更なる不幸や悲惨を回避・軽減することはできるのではないか。
私には何にもできないけれど、
万里野のユニセフ貯金には何かのお手伝いができるかもしれません。
湾岸戦争の時日本は多額の資金を提供したのに、
国際的な評価が得られなかった。
感謝広告には国旗の掲載もなかった。
(これに対して自国の立場を説明する意見広告を出すくらいの気概がほしい、と思いましたが…)
だから今回は同じ轍を踏まないように
目に見える人的な国際貢献をするんだという方向で国会が動いていますね。
でも、国際貢献って戦略的な対米支援のことなんだろうか?
アメリカとヨーロッパ諸国からの政治的評価を考えてればいいんだろうか?
番組を見ていてフツフツと疑問が湧いてきました。
人道的にしかも目に見える形で貢献できる手段や分野はあるのに、
為政者がそっちを向いていないだけって気がします。
(難民支援の先遣隊が派遣されたのは救いです)
アフガニスタンに行って、かなりヤバいこともして、
番組を製作された皆さんに畏敬の念を抱きます。
(夕方から他局でよく似た内容の報道番組がありましたが、
映像はフランス人ジャーナリストの隠し撮りでした。
同じ日だっただけに『他人のフンドシ』の印象は否めませんでした)
画面に登場されなかった田川さんはどこにいらっしゃったのだろう?
カメラの側なら映像は田川さんの視線そのものかも、と思っていました。
P.S. 国内避難民の窮状を映し出したあとYABのCMは、
画面一杯にケーキが次々出てきて
♪“ネスカフェを飲みませんか〜”…
スポンサーは神様なのでしょうが、
宮地優花さん(江戸川大学4年)
アフガニスタンの番組を見ました。
田川先生の話や写真で少し内容を知っていましたが、映像が映し出す様々な光景には、釘付けになりました。
3年間も,雨が降っていないひび割れた地に、あんなに強い風が、吹き荒れているなんて。
まるで,戦争をやめない限り、雨は降らせないという天(空)からの警告のようにも思えました。
ユニセフの援助さへも、国内難民にとっては、ほんの微々たるものだと感じました。
それどころか、ユニセフの援助物が、届いていない所がほとんどなのではないか,とも思ってしまいました。
アフガニスタンという国は,どこをどうしたら生活レベルは,良くなるという改善方法までも、見えない国ですね。アメリカのテロ報復攻撃を受けた後の映像としてなら、まだあの光景も分かるような気がするのですが・・。
内戦が、続いている国の悲劇というのを改めて感じました。
あと、やはり戦争がもたらす悲劇は弱いもの,お年寄りや子供達を苦しませ,最大の悲劇に陥れていますね。
地雷の被害にあった子供の義足を付けるシーンは、見るのも辛かったです。
黒柳徹子さんへしおれた花をあの子供達はどんな思いで集めたんだろう,と思いました。
あと、生まれる国が違うだけでこんなにも差別を受けるものなのか、という強ショックを受けました。
女として生まれてきた意味なんて完全否定されているように、布で全身を覆う姿は、同じ女として屈辱的にも感じました。
アフガニスタンに生まれた小さな小さな希望の光・秘密学校が,アメリカの攻撃で被害を受けないことを願わずにはいられません。
考えれば、考えるほどどうしようもできない現実に打ちのめされました。
また、番組を見て、改めて平和と今の日本に感謝しなければならないな、と思いました。田川先生、よく無事に帰ってこれましたね。あんなにすごい国だとは思いませんでした。運が強いですね!!
私は、改めてドキュメンタリー番組の素晴らしさを見た気がします。
これからも、作り続けて下さいね。平和ボケしている私達には,大切なことに気付かされる重要な機会になります。
それと、密かに、取材現場に荷物持ちでもいいから、連れていって欲しいという、野望が・・・。生まれてしまいました。
福島千代さん
私の周囲にいるアフガニスタン報告を見てくれそうな人にPRしてみましたら、当日(30日)には逆に見ていますか?と私にメールがはいってきたりして、とても嬉しかったです。
番組の訴えるものの多さに胸がつまる思いでしたし、徹子さんの大使としての使命感の強さはいわずもがな、命がけで番組作成に携わっていらっしゃる方々にただただ尊敬の念を持ちました。
アフガニスタンの現実を知っていなければ、アメリカの報復がいいの悪いのと意見を言えないと思います。
1時間半の番組だけで判断も難しいけれども、いろいろ自分で考えるきっかけをもらったようです。
5%の地域も戦争に巻き込まれるのでしょうか?
今宵の月は美しかったですが、アフガニスタンにも照っているのですよね。
瀧本武子さん
はじめまして 私は1週間前からメールを始めた主婦です。
昨日、黒柳さんのアフガン報告のテレビを見てアクセスしましたところ、そちらのホームページが開かれ驚きました。
私は終戦の年に生まれ、小学校6年生のとき憲法のことを教えられ、「そうか!この憲法をみんなで守っていけば二度と戦争はおこらないんだ 私は憲法を守る人になろう 国民のギムだから!」と心に決めて以来、一直線にその道をすすんできました。
熊切などという山の中に生まれ、純粋培養で育った少女は実に単純そのもので、ただ
ただ憲法を守るため、悩み、苦しみ、行動してきました。
そして迎えた21世紀彼らは言いました 「20世紀は戦争の世紀でした 21世紀は平和の世紀としよう
ではないか!」
そして数ヵ月後には、テロには武力報復を!と叫んでいる これが現実です。
28日の夜、 私たちはテロも武力報復も反対です! マスコミは戦争を煽り立てないでください! テレビや新聞は戦争をあおらないでください!、、、、と四条河原町を120人ほどの女性でデモ行進しました。
自己満足かもしれません。でもじっとしていられないのです。
世界一貧しい国を世界一富める国がこれでもかと力でねじ伏せようとする醜さ、愚かさ、アメリカこそは地球上全ての敵と言えるのではないでしょうか。
わたしは安保闘争は山の中でテレビでみていました。
安保を戦ったみなさんに、どうしたらいいのか教えていただきたい。
今、どんな気持ちで居られるのか聞かせてほしいのです。
まがいなりにも言論の、表現の自由がある今、反戦の声を大きく、広く上げていきた
いと思います。
たったこれだけの作文に2時間以上かかりました。意味不明かもしれません。
お許しください 黒柳さんにお会いすることがおありでしたら、くれぐれもご自愛く
ださい。
そして、ますますのご活躍を地球上の子どもたちが願っていることをお伝えくだい。
正木鞆彦さん(メディア評論家)
ビデオに撮って番組拝見しました。
日本のやるべき支援のかたちがはっきり見えていました。
日本がやらなければ誰がやれるのでしょう。
この機会に『戦争
屋』の策動に乗ることの愚かさをこの番組は、抑制の利いたトーンで訴えていました。
黒柳さんが何度か口にされた『絶望的』という言葉が、ふと僕の中によみがえりました。
それは僕が小学生で集団疎開していたお寺での夕暮れでした。
子供心に何時までこの空腹に耐えられるのだろう、何時まで本土決戦の恐怖に耐えられるのだろうと考えては絶望的になっていました。
きっと明日になっても何も変わらないだろうとしか思えない絶望感。夕暮れは堪らなく絶望的でした。
日本のイエローペーパーの『好戦的』見出しが腹立たしいと思います。
こん
な時に、冷静に目配り良く、抑制の利いたテレビをみられて本当にホッとしました。
田川さん、黒柳さん有り難う。
西浦裕二さん(ブーズアレン&ハミルトン日本支社社長)
田川さん、番組拝見しました。
時々、熱いものが込み上げてきました。
これが「映像の力」なのだと思います。
愚にも付かぬ番組があまりにも多い中で、アフガニスタンの現状だけでなく、テレビの役割についても問いかけていると思います。
田川さんとしては、タリバンの制約なかりせば本当はもっと深奥に踏み込みたかったのではないか、とも感じました。
11日のテロ事件当日、実は私もマンハッタンに居ました。その日の午後のフライトで日本へ帰る予定でしたが、空港閉鎖で途方に暮れました。
私の会社の人間も、ペンタゴンで3名命を落としてしまいました。
その体験は、私の「判断」の中に、微妙な影を投じています。
テロで亡くなったNYの人々も、アフガニスタンの人々も、余りにも哀れです。
なんとか、この禍が転じて、アフガニスタンに巣食う癌が一挙に根絶されることを願うばかりです。
山田 悠さん(鎌倉市)
アフガニスタン報告を拝見いたしました。
暑さと厳重な警戒態勢の中、大変ご苦労さまでした。
アフガニスタン、難民キャンプの子ども達の淋しそうな目、それと対照的に、わずかな希望の中教育を受けている子ども達の輝いた目は私の目に焼き付いて離れません。
番組が終わったあと、チャンネルを変えるとブッシュ大統領の報復攻撃の準備は万端だという演説を聞きました。
わたしは、涙を抑えられませんでした。
人は、人を愛します。でも人は、人を殺すのです。
あの子ども達の希望はどこに行ってしまうのでしょうか。
私は毎年この番組を見ています。なぜなら、私が看護婦を目指そうと決めたきっかけ
と言っても過言ではないからです。
来年、国家試験を控えています。
まだ知識も浅く、技術もありません。でも私の夢はアフガニスタンやアフリカ、等
にいる子ども達の笑顔を増やしていくこと、この夢はずっと変わっていません。
この番組がたくさんの人の心を、きっと動かすと信じます。
報復攻撃が、より一層の悲劇を生むと言うことを。
松本 優子さん
今日のアフガニスタン取材の放送を見ました。
現在のアフガニスタンの状況を思いながらブラウン管に映し出された子供たちとその
家族の瞳を見ていました。
何度も咽の奥が痛くなりました。涙があふれ・・・止まりませんでした。
それと同時に、田川さんのお仕事(メディア)に感動しました。
思い出したら胸がいっぱいに・・・。言葉に詰まります。
またメールします。
川瀬 友裕さん(17歳)
失礼を承知でメールさせていただきます。
チェーンメールを読んで今日の番組を見させていただきました。
僕は現在高校生でして、今回のテロ、そしてアフガニスタンの人々や難民の方々の悲惨な光景を目の当たりにして、さらに大きなショックをうけました。
アメリカの報復への恐怖、タリバン政権への恐怖、様々な恐怖を抱いて生活していることが印象的でした。
このテロではじめて、アフガンの惨事を知り自分の無関心さに呆れてしまいました。
アメリカは、軍事力を持って反撃しようとしているようですが、それではイスラムの方々の反感を再度買ってしまい、何の解決にもならないと思います。
だからといって手をこまねいているだけではアメリカの人々もゆるさないだろうし、難しい問題であります。
今の僕にはどうにもできないけど、まずは僕なりの意見をしっかりと考えていきたいと思います。
河内美鈴さん
徹子さんの時々つまりながらのナレ−ションは、切実な思いが伝わります。
徹子さんが言われてましたね、
今までに行かれた訪問されて国で感じられないものがあると。
戦争が終わったならば、良くなるような希望が見えないと言われていましたよね。
明るい将来が見えない人々は、訪れる人までを不幸な心にしてしまうんですね。
もの凄く大事なことを、メ−ルするのを忘れてました。
感動したのは、どんなに貧しくても、ひもじくても優しい心があるんだ。
目に飛び込んだのは、徹子さんの胸に、ブ−ケがしっかりと抱かれていたことです。
もの凄く嬉しかったです。
あんな状況で、ヒバとケイトウの様な鮮やかなブ−ケ。
希望があります。
子供達の歌に夢がありました。
場面が変わっても、小さなブ−ケを抱かれていました。
世界で一番素敵なブ−ケです。
優しい心は、希望があります。神様はきっとお救いになると思います。
個人的なことですが!!
私の信仰する「佼成会」では朝夕のご供養に、犠牲者の諸々霊と宗教を超えた平和の祈願を9月末から始まりました。
私達の会もユニセフに多くの寄付などをしています。
キャンプの子どもたち
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